時制がない言語ではどうやって過去未来を表すのか

英語の様に、時間を3つの対立する概念に区切られた言語を学んだ後では、時制のない言語と聞くと未発達の文明のできそこないの言語だと思われるかもしれませんが、以前の記事日本語には未来形がないのように、日本語が2つの対立しかないのに対して、私たち日本人の言語で表現できることに制限があるのかと言われると、日常生活で困ることはありません。

時制がない言語には中国語やベトナム語など、いくつかあります。

時制がない言語での表現方法

  • 時間を表す単語を付け加えて表現する場合
  • 文脈・状況でわかる場合
  • 時間が不明、或いは重要ではない場合

時間を表す単語を入れる

例えば、「海に行く」という文に「明日」や「昨日」を付け加えて行為の時間を表す方法です。ちなみに、非ネイティブの中には、この方法のように、動詞を過去形にしないで英語を話す人もいます。(例:*I go to the beach yesterday.)

或いは完了を表す単語を追加する。中国語の場合は「了」を用いる。

中国語の「了」は過去の意味だけではない

この話をすると、中国語にも過去形があると思われるかもしれません。これは時制ではないということを下の例で説明します。

如果换了语序,意思也就变了。

「語順が換わると、意味も変わってしまいます。」という意味の文なのだが、この文は過去の事柄を表しているわけではないのに、「了」という言葉を使っている。これは時制ではなく、言語学では「相(aspect)」と呼ばれる概念です。相には完了の他にも継続相があります。

このような例とは別に単純に過去を表す時にも使われることもあれば、過去のことに対しても「了」を使わない時もあります。また、未来のことに対しても完了相の「了」がないと不自然になる場合があります。他には例えば、

太贵了。

の「了」がないとこの場合は不自然です。これは完了相なのかな?たぶんそうだと思いますけれども、確信がありません。

このように、過去の事象以外にも使われるということからわかるように、中国語に過去形があるという訳ではありません。

他の例

ベトナム語のđãとはまた使い方が違います。đúng rồiのrồiと中国語の「了」が似ている気がしますが、詳しいことはわかりません。

広東語の「咗」も中国語(普通話)と異なるような気がします。少なくとも、

*太貴咗。

という言い方は聞いたことがありません。

文脈で時間がわかるパターン

行為の行われた時間が言語で明示されていなくても、話の流れからいつの話をしているかわかるものです。

いつの動作なのかわからない表現

時間の表現が何もなくても、文脈などから最低限過去なのか未来なのかは大体わかります。それでもよくわからない時はそれは「いつするの?」と聞けば良い。時制のない言語では、「いつするの?」と表現しても過去を含みます。

私にはネイティブの感覚はまだよくわかりません。

日本語の例で考えてみます。

 

A:アイス食べる?

B:いらない。

A:アイス食べないの?

 

このAの最後の発言は非過去形なので現在の意味なのか、未来の意味なのかが明確でないので以下の二通りの解釈が可能です。

一般のことという解釈

「あなたは(知覚過敏か何かで)アイスを全く食べない人なのですか?」

現在の意思

「本当に要らないの」

いや、今いらんって言ったやん 、この解釈は不可だろと思われるかもしれませんが、聞きなおす人もいますので、この解釈も可能です。

このように、日本語も含め、時間があいまいな言語では、聞き手がわからないこともあるのです。

<言語と思考>