主語を省略する日本語は世界でも特殊な言語なのかもしれないが証明はされない

日本語は世界でも特殊だと言う人がいますが、言語学の授業ではそうは習いません。ただ、一つの言語で4種類の文字(平仮名、カタカナ、漢字、アルファベット)を使い分けるという意味ではめずらしいかもしでしょう。

文字の種類以外の他の観点から見ると、言語学の世界で日本語は極平均的な言語だと言われています。外国語学部では大学一年生でも受講できる授業でそう習います。

町田健教授の『言語世界地図 (新潮新書)』p147にも

このように高い威信を誇る日本語であるが、言語としての特徴は極めて「普通」である

これを示す為に世界の言語にはどんな語順があるのかを書きました。

日本語が特殊であると結論付けるには、日本語以外のたくさんの言語と比較が必要です。日本語特殊説の根拠をまだ十分に聞いたことがありません。

参考:大学院に入ったら「日本人の民族性」の話はとりあえず疑うべき - こにしき(言葉、日本社会、教育)

よくある日本語特殊説の論点

  • 主語の省略ができるため不明確であり、不明確を許容するという非論理的な言語(省略が多いので、阿吽(あうん)の呼吸で交流する言語)
  • 語順(SOV)が特殊だ
  • 発音の種類が少ない
  • 日本語は「思います」を多用しすぎている
  • 敬語など日本語にしか表現できないものがある

主語の省略

日本語の文法上の主語の有無

日本語の文法では、主語の省略が許容されていると言うよりも、主語がない文が完全な状態として成立するというのが私の考えです。しかも、主語を加えた時のほうがむしろ不自然な文だと感じることさえあります。

例えば、「ご注文はお決まりですか?」という文は、「あなた/お客様は」という主語が明示されていないこの状態で完全なのであって、主語をわざわざ付け加えたほうが変に感じます。

しかし一方の主語を省かないのが普通である言語もあります。例えば英語なら主語を省略している文は、本来はあるべき主語が省略されているのであって、主語が欠けている状態は不完全な状態であると言えます。例えば、

Want some?

という言い方を耳にするが、これだけで意味がわかり自然だが、文としては不完全に感じられる。

 

しかし、だからと言って日本語が特殊だと決まったわけではなく、「あくまでも英語、またはせいぜいその他ヨーロッパ語などよく知られた言語と比較してそう見える」というだけです。

もし日本語を英語だけと比べて見つけた違いを日本語の特徴だと言うならば、ちょっと極端だと思います。

反論の根拠も不十分な状況

日本語の「常識」を問う (平凡社新書)』のp27には

「必ず主語を表にだす言語の方が少ない」と言語学者はいう。

これの根拠が示されていないのでわかりませんが、聞いたことがある話です。但し、しっかりした科学的根拠はまだ知りません。

この本のアマゾンレビューによると、星1つで酷評されていますのでさらに信ぴょう性が落ちています。

また、主語を省略する理由にも様々あると書かれています。しかし、紹介している例は実質ラテン語とイタリア語だけです。(中国語で省略する理由を述べると思いきや、話がそれて説明されていません。)

日本語特殊俗説を証明するのが事実上不可能

もし主語の省略などを日本語だけの稀有な特徴だと結論づけるためには、全世界の言語全てを調べる必要がありますが、6,000前後あるといわれる言語全て調べるのは現実的に難しいです。未だ文法が解明されていない言語もあります。

「日本語唯一の特徴」としてではなく、「世界の言語事情の中で特殊か否か」を調べるだけでも大変です。

難しい上にその結果得られるものが「日本語は本当に特殊なのか」だけを調べるためならば費用に見合わないので誰もやりません。

 

世間で言われる日本語特殊説の根拠を示されたことはありません。専門家が調べて出した結果ではないと思います。この俗説の背景には自分が知っている言語だけで判断しているのだと思います。

主語を省略する日本語の影響で日本人は議論が不得手説など

これもよく言われますが、科学的根拠が薄いです。

これを証明するに「日本語の構造」が間違いなく人の思考法に影響を与えている調査が必要です。

主語の扱い方以外の状況が全て同じに揃えたり、遺伝的な要素を排除したり、対照実験としての条件をそろえるのが大変になるでしょう。

言語構造が人の思考に与える影響は「主語を明示しない言語は日本語だけか否か」を証明するより有意義なので誰か研究するかもしれません。

主語の省略の言語例

(まだ詳しくは分かっていませんが、たぶんタイ語では主語を明示しない文が多くつかわれると思います。)

中国語やインドネシア語などの言語でも主語の省略が起こります。但しこの2つの言語の現象は日本語とは違い、主語を省略した文法的には不完全な文の場合です。タイ語の教科書を見る限り、主語がない文章が登場するので、タイ語でも毎回主語を言わない言語なのかもしれません。

例えばインドネシア語ではレストランの店員さんがお客さんに

Minum apa?(何を飲みますか?=飲む+何)

と言います。

分からない時は「誰が?」と聞きます。また、一般に日本語で「主語がない」と言う時の「主語」は言語学上(統語論)の主語ではなく、「主題」のことを言っていることもあります。

それとSVOの方が論理的だとか言われますが、言語の形式なんて論理性とかの意味(シニフィエ)とは関係ない。

言語が論理的かどうかを決めるのではなくて、論理的思考を習慣的にしているか、民族が論理思考を重視しているか、に帰結すると思います。

 

 

 

日本語以外の主語をする言語や主語を曖昧にする言語

世界の言語にはどんな語順があるのかでも書きましたが、英語でも主語の省略が起こります。

フランス語ではonという主語を使いますが、英語に翻訳する時にweが当てはまる場合とtheyが当てはまる場合があり、文脈でわかりますが、本質的にはあいまいです。日本語だけがあいまいだと考える人にこれについて聞きたいです。

 

また、ポルトガル語では主語の省略があります。その上、二人称を表すvocêと三人称が動詞が同一の活用をするので、主語を省略するとどちらか判別できません。つまり、動詞の活用形で主語が判別できない場合があります。

他の言語にも、日本語のように主語が何かわからなくなるケースはあるかもしれません。

 

英語でも口語では主語をはぶくことがあります。詳しくは英語で主語を省略するパターンに書きました。

反論

反論を受けましたので紹介しておきます。

>>ドイツ語などで主語を省略しても、動詞の活用形で主語の人称が特定可能なのに対して、日本語では動詞などの単語で主語を判断するための材料が乏しい(文脈に頼らざるを得ない)

 

つまり、日本語での主語の省略はドイツ語などとは訳が違うとのことです。これは確かにその通りです。私は、通説を否定しようとするあまり、この事実に触れていませんでした。

 

この指摘を反映させると、「日本語は主語が曖昧になってしまう状況でも主語を省略でき、しかもその状態で完全な文として成り立つ。」と言い変えるべきです。では、別の言語ではどうなのか。

(また自由に指摘してください。)

「思う」を多用する言語なのか

「思います」を日本語は多用していると時々言われます。例えば、

  • ~したいと思います。
  • ~していただけたらな、と思います。

などのような使い方もします。

「思う」を使うと非論理的になるのではなく、根拠の信頼性が低くなるので説得力に欠けることが言いたいのだろうと思う。「思う」を多用することは日本語の構造が原因ではなく、話し手の傾向です。避けて話すこともできます。

 

実際、英語でも「思う(I think)」を使うことはたくさんありますので、youtubeでアメリカ人のインタビュー動画などを見てみてください。

日本語と語順(SOV)の言語は多い

言語学の統計によると、語順に関しても日本語と同じSOVの語順を持つ言語の数が一番多いらしいです。ビルマ語とヒンドゥー語等がSOVの言語です。そもそも、「象は鼻が長い。」式の文に対してSOVという枠組みで当てはめてしか考えないというのは、ヨーロッパ中心主義的で偏っています。

世界の言語を全部知っている人などいませんし、私も文法構造をしっている言語はせいぜい15くらいなので「らしい」としか言えませんが。

この場合の数え方は話者数ではなく、言語の種類のことでしょう。話者が2人だとしても言語としては1票として数えるという方法です。僕が知る限り、世界の大言語(現代語)は英語と同じSVOが多いです。

5つの母音を持つ点でも日本語は平均的

多い方ではないですが、少ない部類ではなく、平均的な数で、母音5種類の言語が一番多いらしいです。母音の種類がもっと少ない言語もあります。琉球語(沖縄方言という言い方もある)は母音が3つだと習いました。フィリピンの言語のうち、セブなどで使われるビサヤ語にも母音が3つ(あ、い、う)なので、「い」と「え」、「う」と「お」が入れ替わりやすく、日本語学習者の発音が悪く聞き取りにくいです。

ドイツ語やフランス語などは母音が多いので、つい日本語は母音が少ないのかと思いますが、世界全体でみると平均的な言語だと言われています。

日本語にしか表現できないことがあるから日本語はすごいのか

敬語という体系を持つ言語は韓国語(朝鮮語)以外聞いたことがありません。マレー語にも敬語の表現はありますが、使われているか不明です。

韓国語のものと日本語の敬語がどれくらい類似しているかはわかりません。

 

しかし、他の言語にも独特の表現はたくさんあります。以前、英語に翻訳できない各国語の単語を見ました。

ソース:英語には翻訳できない100の言葉を毎日ひとつイラストで紹介するサイトが人気!

 

これらの表現は別の言語でも言葉を継ぎ足せば何とか表現できそうです。とは言え、もっと独特な言語があるかもしれません。主観的な感性を除いては、世界のすべての言語を知らないので、日本語が特別すごいのかどうかはわかりません。

日本語と英語自体の違いではなく外国語という性質

人は(この場合日本人は)英語を学ぶ時に、外国語として文法を学ぶことで、バイアス(偏った見方)がかかって英語は論理的にできていると見がちです。日本語を正しく使えても、その文法を分析したことがないので、日本語がどれだけ論理的か、論理的でないかを考慮してない人が多いです。さらに、英語以外の言語を学ばないので、英語と日本語に対する評価が客観性に乏しいです。

外国語で思考する方が論理的に思考しやすいということから、日本語より英語の方が論理的だと感じるのかもしれません。

使う言語が「世界の見え方」を決めている:研究結果 « WIRED.jp

関連書籍:『言語が違えば、世界も違って見えるわけ

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