第二外国語の必修は必要ない

先日、朝日新聞のこの記事を読んだ。

http://digital.asahi.com/articles/DA3S10914086.html

記事の視点は理想であって現状は違う

この記事では学生の選ぶ第二外国語の変化を主に紹介している。かつてはドイツ語・フランス語を学ぶ学生が多かったが、近年中国語・韓国語の受講者が増えたり減ったりしているとのこと。第二外国語の選択基準は将来性がありそう(役立ちそう)というものが増えてきているが、政治的な理由や事件などによって浮き沈みがある。

 

確かに、受講前は「役立ちそう」「かっこいい」という理由で小さいながら希望を持って第二外国語を始めるのだけれども、そんな動機もすぐになくなって、大学生が単位のために受講する。こんな授業意味ないです。

実際学んだ第二外国語を活用する機会なんて99%の人にはないのだから、せいぜい「教養の為」くらいです。実際、ほとんど完全に忘れる人が多いのだから教養にもならない。これが第二外国語は無意味だと主張する根拠です。

第二外国語の現状

教材が薄いことと授業の進度が遅いのは、様々な需要を持った学生(主にやる気がない学生)の為なのでしょうがない。授業用の教材なので解答がついていないのは、授業用の教材なのでしょうがない。まとめると、もっと学びたいと思っても授業用の教材では不十分だし、授業の進度も遅すぎる。つまり、最初からやる気のない学生のために「飼いならされた」授業なのである。独学であれば合計10時間ほどでできるところを1学期もかけるし、しかも授業が週一で間が一週間も開く。1学期に2コマ取るが別の講師から同じ内容を習うので重複しているのも問題だ。

 

僕はやる気のない学生と一緒に勉強させられるのが嫌です。クラスの数人やる気があっても、やる気のない学生に一生懸命であることを皮肉られたりして大変不愉快です。大学とは往々にしてそういうことが起こります。特に第二外国語はそういう授業になる可能性が高いです。

 

どうせやるなら、やる気のある学生だけ受講させる制度にして、思う存分勉強できるようにしてもらいたいです。

 

講師にせっかく授業してもらうのなら

話が逸れますが、第二外国語に止まらず、大学の非常勤講師の労働条件が悪いと小耳に挟んだことがあります。講師がやる気出せるような環境づくりも改善の余地があるのかもしれません。

 <学校の英語教育>