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不自然な英語・外国語が教科書に載っている理由

「この語学教科書に載っている表現は堅苦しいので自然ではない」

「学校で習う英語は自然な表現じゃないので役立に立たないし、むしろ有害だ」

という意見を聞きます。

初級の語学教材や学校で教える英語に口語的で自然な表現ばかり紹介できない理由があると推論し以下に紹介しています。

不自然な外国語とは、日本語で言うと「どういたしまして」のようなものです。これは外国人向けの日本語の教科書には載っていますが、現代日本の日本語ネイティブならほとんど使いません。(外国人と普段からよく話す人は別です)

それと、なぜか子供にはこの表現を教えます。田舎の子供に標準語を教える親と似た現象です。

現実には使われない古ぼけた表現が教科書には載っている。それはなぜか。そして、この現象は英語も同じだと考えられます。

中国で買った語学教科書

以下は私の推測に過ぎません。不正確な内容かもしれないという点をご了承ください。

上の写真は中国で買った東南アジア諸語の教科書です。詳しくは中国の東南アジア語語学教材も使っています

理由

  1. 初級学習者を混乱させない為に
  2. 直訳しただけ

初級学習者に教えるための表現

自分で日本語の教科書を作る時どうするか考えてみてください。

最初にとりあえず通じる表現を教えるでしょう。

自然な表現を教えようと思えば以下のように煩雑になることは避けられません。

お礼を受ける人

日本語の教科書の解説の例:

「ありがとうございます」と言われたら、日本人のXX%は「いえいえ」と答え、フォーマルな場面では「とんでもございません。」と言います。

 

なんていちいち説明するのは面倒なはずです。学習者も初級でこの説明を受けると混乱します。

 

英語の教科書も同じです。

初級の教科書の表現が堅苦しい

時々目にするのが

「教科書の例文を使ったらネイティブに堅苦しいと言われた」

というセリフですが、教科書の表現がある程度堅いのは致し方ないことです。このセリフの裏を返せば、教科書だけで自然な表現を覚えられるという思考の可能性があると思われます。

自然な外国語を身に着けたいなら

教科書で学ぶのはやめましょう。教科書の言葉で説明できることには限界があるからです。

教科書だけでは英語は覚えられません

「この表現はこういう場合には使えるけれど....」という知識を増やしても、実際に外国語で会話する時にはそんな知識を思い出す時間はほとんどありません。

以前、My name is...はネイティブは使わないから教科書に載せないということが話題になりました。同じメンタリティーを感じます。

アメリカ人もMy name isを使う カジュアル・ビジネスシーンでのアメリカ人の自己紹介

 

 

先進国の人で英語を話している人が教科書以外の英語を見たことないなんてあり得ません。日本語を話しているのに日本語の本・ウェブサイトを見たことないという人がいたら歪だと思います。

関連:語学教材にある間違いと間違いのない語学教材

自然な表現を求めるほど贅沢を言える立場なのか

必ずしも自然な表現でなくても、最初はとりあえず意味が通じれば良いです。意味が通じるようになって、それから自然な表現を目指せば良いでしょう。

大笑いする子供

間違いを笑われるのが怖いのなら外国語の習得はできません。たとえ、あなたに非がなくても必ず笑われます。あなたの話し相手が「あなたが話しているのは外国語なのだから間違えてもしかたない」なんて余裕のある考えができる人とは限りません。

外国人が日本語で「この魚を2人ください」と言って、それを日本人が笑っても、笑った人には悪気はないでしょうが、相手は傷つくかもしません。そんなものです。

 

<外国語学習への態度>